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by sumipino1
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ローマの思い出 粟国悠子さん(オペラの演出家 粟国安彦氏の奥さん) 

「アイーダ」新国立劇場開場10周年記念特別公演を、「女三人寄れば姦しい」という言葉がぴったりの女友だち三人で見に行った。

パンフレットを見ると再演演出「粟国 淳」と書いてあった。
前から気になっていたのだが、若手のオペラの演出家でたびたび、大舞台の演出を手がけている粟国 淳は、オペラの演出家 故粟国 安彦の子どもではないか?・・・と思って、調べてみるとやはり長男だった。

私は1977年(?)頃、初めての海外旅行でローマに行った。
私たちのガイドは粟国悠子さん。カンツォーネレストランに案内された。次々カンツォーネが歌われ、飛び入りやら合唱やらになった。イタリア人の歌曲を歌うレベルの高さに驚ろき、どの人も田谷力三ぐらいの実力はあるような気がした。(田谷力三なんて言うと誰? それ! なんで言われそう)
「日本の人も誰か歌ってくれませんか?」
に答えて、私たちのツアーのガイドが代表して、
「では」
と言いながら、
「さくら さくら」などを歌った。その歌のうまさにびっくりした。あか抜けていて、生き生きしていて、上品で、美しく、頭のよい名ガイドで、しかもカンツォーネまでプロなみ。この人は何者?オペラ歌手なのかしら?と思ったものでした。
「「寅さん」の海外編を山田洋二が作るなら、マドンナにはふさわしい人ね」
と、同行の友だちと話したものだった。
次の日、粟国悠子さんは、
「私は、夫とオペラの勉強に来ています。お金がなくて、暮れにベッドなどいらない物を投げ捨てる習慣がイタリアにはあるのですが、捨てられたものを拾って歩いたのですよ。ベッドなんかも拾いました」
さらに「夫は、今度蝶々夫人(だったかな?「ロミオとジュリエット」だったかな)の演出を日本でやります。ぜひ、ぜひ!見て下さい」
と挨拶があった。
その時、オペラの演出家、粟国安彦の名前が私の頭にインプットされた。
それから15年ぐらいたって、新聞の死亡欄に粟国安彦(46歳)の名前が出ていて、喪主に悠子さんの名前があった。
その長男が粟国 淳。お父さんの意志をついで、演出家になった。
ローマときけば、いつも悠子さんを思い出す。
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Commented by at 2008-08-13 22:22 x
 粟国淳さんにまつわるエピソード興味深く読みました。ありがとうございます。

 先の日曜日、粟国淳さん演出のプッチーニ生誕150年記念歌劇「三部作」を観て来ました。すっかり、ファンになってしまいました。
by sumipino1 | 2008-03-24 10:40 | 映画 演劇 音楽 絵など | Comments(1)